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    あなたの2017年の運勢は?

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    2月25日(火)配信: fs宿曜占い
    沖縄の神人(カミンチュ)比嘉良丸氏の妻である比嘉里佳氏(ひが りか)が神事の伝え役となり、神から現代を生きる人々への説教を解いている。その内容は胸に突き刺さるものもあり、現代人の何が間違っているのかをこと細かく説明している。この内容を一言でまとめるとすれば、「無責任」であると感じた。そして日本の形の原点は、奈良であるとも語っている。そしてなぜ奈良なのか?全ての疑問に答えてくれる内容だ。この動画では「共存」という言葉が多く出てくるが、動植物をないがしろに生きている現代人への警告かもしれない。彼ら動植物は人間との共存を望んでいると比嘉夫妻は伝えている。


    4分35秒頃から

    動画引用元:祈りの和 こころのかけはし(撮影2014年2月20日)
    今日の良き日にこと明けて申し上げます。奈良の地にて教えて頂きたい事がございます。この地において、この場所において、なぜ事のはじまり、国のはじまり、なぜここ(※奈良)より調和・和合、合わさりしことなり、ここ(※奈良)から発信されゆく事になったのか。なぜここがその場所として選ばれたのか。なぜここにしようと思ったのか。その経緯を教えて頂きますようお願い申し上げます。

    まだ記憶には新しいものであるが、この地、この場所、この地上においてのことはじめ、そのはじめとなりし場所に、なぜにここに至ったかと申し行けば、それはまた新しき土地を巡り、新しき土地を探し、そして回遊し、毎夕し、進んできたこと他ならない。
    しかしながらそれだからと言って、なぜそこに、なぜここに収めようとしたのか、とういう心、その意図、その決心した経緯というものが知りたいのであろう。
    なぜここから先、進み行こうとしたのか、なぜならばここは他の場所よりも平和であった。安心して暮らしてゆける、居住できる場所であった、という事も他ならぬ理由の一つでもある。周りの外的、周りの者達と豊かなるこの自然の中において、共存する事ができる場所であった。なぜならば、その昔、古よりこの場所は、なかなかにして温暖な場所であり、暖かなものであった。さしづめそれは、豊かなる心、落ち着き、そして平和を取り戻す心があり、穏やかなる流れの中において、安心して暮らしていける事ができるものであった。なぜならばそれは、多くの人、多くの人種は物や食料を困った時に、村や人を殺しゆき、そして征服し自らの私腹を肥やそうという形にて、広げて行こうとしていた。しかしながら、この場所(※奈良)においては、海の幸も山の幸も風味豊かなものがあり、そしてその者達すべてに分け与えても、まだまだそれでも自らたちの事を、自ら達の命をまかなうだけの、それだけの豊かな場所であったのである。それは稲作が豊かであるとか、そういった事ではない。本当に海に出れば海の幸がきちんと巡り行き、そして巡り来たものを食する事もできる。そしてまた山のいただきに上がりゆけば、山もその豊富な食物、食料を分け与え、そしてそれだけに人々は海も山のどちらの幸もしっかりと栄養を取り戻す事ができ、そして成長しゆく事ができたのである。心豊かに安心して暮らしていける場、ところがここであったのだ。
    それはなぜならば、人々がここに都を立てようと思う時、それには風水火の原理原則により、その物達の歴代、歴史の中においての意味、そういった風水の流れ、地底や地理、外的から身を守るという流れの中において、地底を見て、地理を見て、周りの環境を見て決め行く者達も数多くある。けれどもそれよりももっともっとむかしむかし、それにはここは、多くの山々があり、そして谷々もあり、また山々の間には豊富に豊かな水も湧き、そして海へと流れ込み、人々にとって生きてゆくには、この上ない万全な条件の場所であったのである。
    だからこそ人々はここに、外的がもし来たとしても、それでもその食料を、豊富な食料を分け行く事ができる。共存する事ができると考えたのである。そう、ここに来た者達は、戦・争いに疲れ果て、そしてなぜ共に共存する事ができないのか、という事を考え溢れた者達が多く募ったのである。そうここに来た者達は、平和主義、平和を求め、そして戦・争いに転じることなく皆で協力し合いながら進みゆく事が叶うものであると思った者達がつどい行く事となったのである。
    だからこそ人々に対し、他者の者に対し、分け譲る事、そしてそれをまた分配する事、共に共存し助け合うという心が芽生えたのである。しかしながらそれが裏目に出た事も致し方なき事であったのである。そう…それだからこそ混ぜに混ぜ、共に歩み行こうとする心があったからこそ、上から物を押され、押し込められ、わからない者達に進めさせられ、そして見えなくなってしまった。

    10分頃

    今においては、この現代においては、共存という言葉があって無いようなものである。皆忘れ去られた、その土地の意味や、また忘れ去られたその土地の深き深き慈しみや優しさすらも忘れてしまっている者も数多くあるのである。しかしながらそこは本当に共に共存する場所であった。ここが海から遠いという事や山々に囲まれているという事、そういった事でない。
    昔はこのような状況ではなかった。そしてまた少し遠い昔には、そこからまだ海へと歩、走り進み行く事も叶うぐらいの立地であったのだ。けれどもそれももう今や昔、ほんの少し前の事であるのだが、人々にとっては今や昔である。そのような風景さえもわからず、またそのような状況さえもわからない事になってきている。けれどもこの場所というのは、本当に海、山、陸、そしてすべての者達が共存しゆくにあたり、とても大切なら場所であったのである。そして人々は共に共存しゆくために、分かち合い、そして協力し合い、そして支え合う事ができた。
    そのような形のここは、本当に全ての自然が揃い、そしてその自然がそろっているからこそ、人々に心の豊かさ、そして心の安らぎと心のゆとりを与える場所でもあったのである。だからこそ今日ここに構え、そしてここから皆共に歩み進み行く、その心豊かなる、その波を、その和を広げてゆこうとした、確固たる、確かなる、力強き場所なのであった。

    比嘉良丸氏の質問
    → そこに古来の宗教と、今の日本の国の宗教との関わりを教えて頂けますか?

    13分頃

    そんなだからこそ、そのように全ての多くの者達と共に共存し、分け与え行き、そして共に進み行き、支え行こうとするこの土地柄であったからこそ、様々なる物(者)が入って来ても、それに順応にそしてそれが混ざり合う事ができたのである。けれどもそれは沖縄という地とまた似ており、そしてその歴史も沖縄という地とまた似ているのである。
    力・権力を持った者は、そのような状況を弱き者と見なし、そしてそれを上から抑え、そしてそれらが発展しないように自ら達の力・権力において、そして抑え行こう混ぜ行こうとする力も働きゆくのである。けれどもそれに対して、またやはり別な者達が来たとしても、その根底・根本にある混ぜ行く、共に歩みゆく共存しようという力が働き、後から来た者もまた、やはり混ぜこぜになり、そしてそこ独自の発展、発達を遂げ行きながら違った形、本来とはまた別な形において、そこを共有し、受容し、組み取り、それらすべても一つとし、よき未来へと歩進み行こうとしていくのである。けれどもそのような場所は、なかなかにて発展・発達する事が難しく、また忘れ去られてしまう事も多々あるものである。

    比嘉良丸氏の質問
    → くにつがみ、あまつがみ、という意味合いで今語られるものはありますか?

    15分頃

    元々居たもの、後から来た者という意味でもあろう。元々居た者とは、この場所に元来住んでいたというよりも、やはり幾年、幾千年、幾万年、幾百年の年月をかけ続けながら、この地域、この地、このような形の日本ではなかったが、それでもそのような場所、この地域一体に昔から住み、そしてこの地、この場所に心安く住みゆく者達、そしてそこからまた海や陸を伝い続け、他に入って来た者達もやはり後から来た者達、その者達も心を許し、共に歩み続け、戦・争いに転じる事なく安心して暮らして行ける世の中をめざし、共に共存し歩んできた者達。そのような者達が共に進み、共に歩みゆく、けれどもそれが果たせなかったというのは、やはり一刻したい、自分の自らのその国にて、一刻し統一し、そしてすべての者達・輩を配下にしせしめようとする者達の思いがあったからこそである。
    けれども、それがやはりここにあった、ここから出発したというのはやはりそれらすべて共有し、そして含み行こうとするその力が、そのエネルギーが働いたからに他ならない。けれどもそれらもまた、このような土地であったからこそ、多くの者達が集う事もでき、多くの者達が共に協力し合う事もできたのである。がしかし、その性質その特質というのは、その者その者、もしその者、入って来た者、権力がある者、知恵ある者、力ある者が、共に協力し合う事が平和をもたらすものである。そして皆と共に歩み行こうとする力、そのような思考、考えのある者が降り立った時、入って来た時、その者が一番に、トップに、そして統治する者として力を発揮するのであるならば、この国は全体的に全ての者達、戦・争いに転じる事なく、共に協力し合い進み行く事が叶うものであったであろう。その発祥の地となったはずである。
    けれども権力者として君臨し、そしてすべての者を配下とし、また自らの一国、ひとつの国とし、そして他の国々おも従え行く、そういった権力志向の者が入って来た時には、この全てを混ぜる、全てと共に歩み行く、協力しゆくという性質・特質は、逆転の力となってくるのである。
    それはなぜなら、協力し合う、共に進み行くというのは、その配下に置かれる。そしてその一国の統治において、支配下に置かれるという力に変わりゆくからである。共に共存し行くという力から配下に抑え込まれる、抑えられる、そして配下として別な国々おも支配下においていくという力になるのだ。このような形でその特質・性質というものは、その上に立った者・力を持った者・配下にしよう、統治しようとした者の考え、その性質によって大きく変わりゆくのである。

    比嘉良丸氏の質問
    → この奈良の地というものは、この地にこれまでの歴史の過ち、流れの行いの過ちというものを、きちんと新しいものに始める事ができる、そのような場所があるでしょうか?

    19分頃

    必ずありゆくぞよ、

    比嘉良丸氏の質問
    → その場所は伝える事はできる?

    できない

    比嘉良丸氏の質問
    → それはなぜできない?

    なぜならばそれは、使い行く者があるからである。「使い行く者」というのは、なかなかにしてその者達、策の練りゆく者である。
    しかしながら、その策を練りゆく前に、しっかりとそれを研究し行くのである。そして策の練り練り練り練り…練り続け、そしてその上を行こうとするのである。そしてその者達は策を練り、そしてそれが転じる事がなきように、自らの考えや自らの方向性へとしっかりと進み行くようにと練りを練り、練りまくり、確立させ、そしてそれが揺るがないものとするのである。だからこそ、これはもう知れ渡っているかも知れぬが、けれども伝え行く事はできないのである。
    練らせない為に、伝えない為に、できないようにする為に、しっかりとその根底に元々あった元来あった、その特質・性質が行かされるような願い、神事をするまでは、これは伝えてはならぬものである。

    21分6秒頃から

    比嘉良丸氏の質問
    → その時期は?

    近年においては、まだしばらくは難しい。数十年の流れの時の中においてであるのならば、けして無理ではなく、かならず来る時である。

    比嘉良丸氏の質問
    → その仕組み作りはおこなう事はできますか?

    できません。なぜならばそれは行ってはならぬ事なのです。口を閉ざし、言ってはならぬもの。けしてそれは開けてはならぬもの。口を伝え行く中においたとしても、けしてそれは知らしめてはならぬもの。けしてそれは教えてはならぬものなのです。
    それは言ってはならぬと申し上げたではないですか。なぜならばそれは、どのように扱われてい行くかわからないという事。そして危険を伴うからという事も申し伝えたはずである。けれどもなぜ今になって、このような形でくくちされてゆくのか。どうせ…という思いや、どうにでもなる…という思いであるならば、けしてそれは伝えてはならぬものなのですよ。
    きちんと言わなければならない時期には、かならず言うべきものであります。そしてそれは時期を見計らい、きちんと申し伝えなければならないという事もお話してきたはずであります。
    けれども、それができないのであるならば、どのような形にて協力をあおぎ、そして共に歩み進み行く事ができるのでしょう…
    どうやらその時が終わった。と思った時に、こちらの方からハッキリと申し上げなければならないのですか?
    きちんと話し合いの中におき、そしてその流れの中にて、きちんと伝え行かねばならない事なのです。けしてこれは軽んじてはならないものなのですよ。
    ハッキリ申し上げて、本当に今危ない状況なのです。なぜならばそれは、右往左往、紆余曲折しながら、一進一退しながら進んでいるのです。もう皆様もまたお分かりの事でありましょう。けれどもそれをどのように進めてゆかなければならないのか、というのは本当に頭を突き合わせ、考えを突き合わせ、しっかりとした意識の下した繋げ行かねばならぬものなのであります。
    だからこそ、どうかそのように茶々を入れず、きちんとした意識の下、しっかりとした意識を共に進み行かねばならないのですよ。ちゃんとした意識を持ちゆくものであるならば、この理解をしっかりと果たし行く事ができるはずなのです。
    けれども、もう遅い…そのような形になり流れが変化しようとしている今であるならば、どのようにまたこれから変えゆかなければならない事となりましょうか。どうかそれをお分かり頂き、お指し頂き、そしてしっかりと進み行く者達と共に、歩みを共に進み行こうではありませんか。

    24分30秒頃から

    比嘉良丸氏の質問
    → 今、お話なされた女性の方、本来、この国の本当の女神となるお方と受け取ってよろしいでしょうか?

    災い転じて吉となすとは、そなたがきちんと意識をもっておれば、きちんとなし行く事ができるはずなのである。けれども、それではならないと先ほど申し上げたばかりで、けれどもそのような形ではないとも、ハッキリと申したではないか。
    ちゃんとした意識持つ者なれば、きちんとわかりゆくと申したはずであり、けれどもそれではならぬと申すか?先ほどきちんと決まった事ではないか。がしかし、それでもわからぬと申すのであるならば、一旦ここは身を引き、きちんとした意識の下、また統合し行こうではないか。それができなければ、また難しき時を積み重ね行かねばならぬものである。
    けれども、これだからといって、ハッキリと伝え行かねばならぬのだ。これが「災い転じて吉となす」きちんと吉をなさねばならぬこの時期を、どのように生かし行くかは、その者その者の心がけ次第であり、意識次第であり、そしてまた我らの意識次第でもあるのだぞ。

    27分頃から

    比嘉良丸氏の質問
    → わかりまして…話を戻します。。東から西に都が移るという事はありますか?

    ないです。

    比嘉良丸氏の質問
    → 質問したい方いますか?

    一般の方
    → 比嘉良丸氏がおっしゃられていた、日本の歴史が変えられている?それは事実ですか?それが事実であれば、どのように変えられたか、いつ変えられたか、教えて頂きたい。

    古来の昔、むかしむかしのそのまた昔より、けれどもそれももう…わからぬ時の流れの中、変えられているのである。
    今、史文書、歴史書、その中においての史実、事実、その事柄においては、全てのものが事実であるとは言えないのである。けれどもだからといってそれが脚色され、嘘であり、偽証しているという事でもない。がしかし、大まかにしても皆知っているものは、大きくはズレつつ、けれども的は外していない状況でもある。
    文字のなき時に、人は人から人へ口伝えをし、そして物事を広め、残し、そして書き記す時に人々は聞いた事をしるし、残してきたものである。しかしながら、その口伝え、伝えゆく中において、人々の主観が入り、人々の考えが入り、伝え行くもの、考えてゆく者達の思いや考えが事実、史実、現実となり伝えられてきたのである。けれどもそれが文字に起こされゆく事となった時に、それはまた書く者達、技術を持ち物を書く事ができるという者達は権力者のものであった。地位や名誉、そのようなある程度の財力、権力がある者達が文字書きしるし残してきた。そしてそのような知恵や力がない者達は、その力のある者達の書いたものを知り、学び、そして教科書として、教え、そしてそこから発展してきたのである。
    けれども、もうその時点では、全てが違っていたものであるのだ。けれどもそれがどのような事実であったのか、というよりも人々は今からこれを、どのように残し、そしてどのように正しく…いや、良き方向へと変えてゆかねばならぬのかという事を思い続け行かねばならない。なぜならばそれは今という時が、もう既に過去に縛られているからである。そして書物、書かれてきた者達は、そこから研究を重ね行くものであるが、もう過去昔、本当に古くなったものであるがゆえに、その真実たるやわからぬものになっているのである。
    けれども、そのわからぬモノを探究し、信じ、そしてしっかりと理解をしようという時に、そのような時になったら、その者達は本当にショックを受け、そしてわからぬまま途方に暮れ、そしてその事実を垣間見る為に、費やしてきた時間を、どうして費やしてきてしまったんだろうと嘆き悲しむ事にもなりかねない。本当にそこまでに嘆き悲しむまでに、多くのその事実の湾曲され、そして曲げられ、そしてその者、伝えた者の思いや、書き記した者の考え、こうであって欲しいという事も書き加えられながら、残されてきたモノなのである。
    人はそうであろう…物語もまた、脚色しながら残し行く。そして本当に伝えたもの、残し行くもの、それを一語一句間違える事なく、自分の思いや考えを入れる事なく、記す事ができたのであろうか。いや…多くの者はできないのであろう。そう…なぜならばそれは、そこに人々は思いをたくし、こうであって欲しいという願いをたくし、書き記すからである。
    残さねばならない、その言葉、その意味、伝えられてきた事が本当に一語一句間違える事なく、しっかりと残すという事に、どれほど重きを置く者が居るのか?そう、それは本当にその伝えている事、ならぬ事がどれほど後世の者に対し大事な事であるか、という事が理解できなければ、やはり皆多くの言葉を残し、多くの考えを残し、そしてそこに自分が生きた証を書き記したいが為に、そこにどうしても自分の意識、自分の思いを残してしまうのである。
    人々はそのようにして、自分の立場、自分の考え、自分の意識をそこの言葉、その史実をその物語の中に記し、そして伝え記し、書き記し、今この世の中が出来上がっているのである。だからこそどうか、ここから進み行くにあたり、どれが正しく、どれが間違いであるというよりも、目に移り、そしてその事実を残しいって欲しいのである。そこにそなたの考え、一人一人の考えや思いではなく、どのように、どのような状況になっていたのか…という事を書き記しゆくというは、とても大切である。けれどもそれはまた昔昔からよりも、とても今でも難しいなのである。
    人々はどうしてもそこに主観を入れてしまうからである。客観として見る事をとても難しく、苦手としている。けれども残った者達に対し、何が親切であり、何が情報源となり、何が学びとなるか、というのは、客観的な形で書き記しゆくものが、残った者達に対して、とてもとても大切なそして、とてもとても学びとなり資料となり、歴史と本当に垣間見る事ができるものなのである。
    がしかし、過去の歴史を垣間見る事も、そこから学びゆく事もとても大切な事である。今は昔、本当に人々からここから発信・発達し出発し、そして人々が次なる者達へと残し語り告げようと、この意識を残したこの時点から人々は大きくその歴史を違う形にて、残しはじめてきたのである。だから、どこから、いつから、というその答えはとてつもなく本当に昔から人が発声・発生したあたりから…というふうにしか答えられない。そして今残されている多くの歴史は、客観的に見ている者以外は、ほとんどの者はある程度の物語として見るには、多くの話を知る事ができるであろう。その背景を垣間見る事もできるであろう。けれどもそれが本当に事実であったかどうか、というのには、その様な観点では見てはいけないものである。なぜならばそこには書き記した者の主観と書き記した者の希望と、そして口伝えしてきた者達の主観と口伝えしてきた者達の願い・祈りが込められているからである。だからこそ、どうかこれから先、後世の者達に残す為に、どうかその少しの客観的に見る、その言葉、その文字、その文章を残して欲しいのである。
    客観的に見る為に、多くの者達は、なかなかにして難しい事を強いられていると思うであろう。がしかし、それは本当に、どこかの考え、どこかの意識に偏る事なく、全体を見る事ができるのである。だからどうか後世の者達に残す為にも、そのまま、その事の事実。そして主観ではなく客観を起こすクセをどうか付け続けて欲しいものである。

    40分頃から
    比嘉良丸氏
    → 大和の時代という名前の意味と、やまとの字は「大和」なのか、それとも「倭」なのか教えてください。

    大和という言葉は、それは今も昔、とても大切な場所という意味でもあった。そしてそれは多くの者達が共に助け合い、上も下もまとめゆく者があれど、それでも皆共に共存し、進み行く者。それらの土地の者達を大和の者。皆と共にある者。そのような意味にて使われていたのである。もちろんその後、漢字というものが入り、そしてそこから当て字として付けられたものである。昔は音があり聞いていたものであった。けれどもそれもまた今は昔の話である。そして多くの者達は、その「大和」という言葉自体、事自体を不確かなるものとして、わからぬまま来ている事ともなっている。多くの者達が本当に、共に共存し、平定しながら進み来た。そして共に進みきながら海のもの、山のもの、陸のもの、そしてその者達が共存しながら進んでいた流れの中において、知恵者ある者、知恵の者、空から来た者、陸から来た者、海から来た者、そしてその者達とも共に共存し生きてきた。

    47分頃から
    祈り合わせ
    → 新暦2月16日、旧暦1月17日、午の日にこと明けて申し上げます。
    今日の良き日、良き道、良き未来、真心より共に願い祈り下さいます方々と共に今日この時、真心より平和・平穏・平安・安心を願い祈りさせて頂きます。
    多くの方々が真心より戦・争いに進みゆく事がないように、安心して暮らして行ける世の中であるようにと深く深く…深く深く…願い、祈りくださっておられます。どうかその方々一人一人のその深き真心をくみ取っていただき、平和・平穏・平安・安心の世の中を歩みゆく事、叶いますようどうかお導きくださいますようお願い申し上げます。そしてその道のり、どうか一人一人にわかる形にて、その道筋、指示し頂き、そして一人一人にわかる形にて、後押しくださりますよう心よりこれも願い祈り致します。
    人々は多くの道を選び、そして考え、またその道筋に歩みゆく中においても迷い、そして考え、一つの結論、一つの決断を下しゆく為に、とてつもなく勇気を持ちい、そして進み行く方々であります。良き道、良き未来へと一人一人が歩み進みゆく事が、この星のこの世の未来おも、良き未来へと導き行く、いざない行く大きな力となり行きます。その為にもどうか一人一人にもわかる形にて、そして一人一人どうか支え、お導き、後押しくださりますよう心より願い祈り致します。けして挫ける事がないよう、そしてけして迷う事がないように、一人一人が進む未来を、どうか平和であり、安心して暮らしていける未来を、どうか指示し後押しくださりますよう願い祈りいたします。奈良の地にて戦・争いなき、平穏・平安の地より共に共存に歩みゆく事のできる、その力、その性質・特質のあるこの地より、共に助け合い、進み行く事のできる、その性質・特質のあるこの地より、どうかこの性質・特質が多くの方々が今、共に願い祈ってくださっております、その祈り、願い、その真心と共に共鳴し、広く広く、この日本だけではなく世界へと広がり続け行き、共に歩み進みゆく未来を叶え続け行く事ができますように、どうか一人一人のその強く願いゆく、この真心に答え下さり、どうか後押し導きくださりますよう願い祈り申し上げます。

    伝えてくださってます、言葉を伝えさせていただきます。

    見える未来も、見えない未来も人々が不安におののけば、そのどちらもやはり不安へと傾き行きます。けれどもだからといって楽観的に考えていては、今のまま進みゆく事、そして今のままなんら変わらず進み行く事にもなりかねません。調和とバランスとはどこにあるのか。それは偏る事なく、きちんと向かい合った者に対し対策、最善と尽くし行き、そして改善しゆく者に対しては怯えることなく、震えることなく改善しゆく事。そして良き者に対しては、さらなる良き方向へと進み行くようにと最善の対処を尽くし行く事。そう、そのどちらも大切なものになりゆくのです。なぜならばそれは、ただただ流れるまま、時のままに過ごしゆくのではなく、自らきちんと考え、そしてその未来に対し、歩みゆく、その行動を続けてゆくからであります。そしてその行動するという事、善処しゆくという事は、とても大切なる事になりゆくのです。なぜならばそれは人々にとって、人々に対して、それは行いゆかねばならない役割、役目、果たしゆく行いの一つであるからです。
    人々は何もなく、そして何も行いゆく事がなければ、何もする事がなければ怠惰のまま、そしてその時を貪りゆく事ともなりかねません。しかしながら人々は、この世、この中において、生きとし生ける者達と共に歩み続けているのです。そしてそれは多くの者の命、多くの生きとし生ける者の命を背負っている。その責任・役目・役割があります。
    人々は自らの命だけではなく、共に今この地上にある多くの生きとし生ける者達の命を預かり、そしてその命達も育てゆく、その役目・役割・責任があるのです。この責任を果たし行く為に、人々は何もしないという怠惰の中に生きてゆく事はできません。そしてその怠惰の中に生きてゆく事ができないからこそ、いえ、命の責任を背負っているからこそ、人々はきちんと善処し、そして進み行かねばならないのです。日々をきちんと生き行かねばならぬし、また多くの命の事を考え、そして対策をしゆかねばならないのです。
    けれども、この忙しき時の中、人々は自らのその生き行くだけで精一杯であり、そして多くの命の事を考える事もまた、難しき時を生きています。けれども、その年月の流れの中において今しばらく、少しだけでも、今、この瞬間だけでも多くの命達の事を考え、そして何ができるかもまた、考えあぐねて欲しいのです。それは花に水をやるという事でも構わぬし、そして共に生きている命達に対し、その生きてゆく術、生きてゆく為の食べ物、食物を与えるという事でも構わないのです。
    そしてどうかそれを、今、この瞬間考え、そして帰った時にどうか一つその事を行ってください。そしてそれは今日だけではなく、できたら明日、いえ3日、4日置きにでも少しでも続け行く事をどうか願ってやまないのです。人々は、その行動する事、行いゆく事にどれほどの大きな事があるのかわからずにいます。けれども本当にその人々の一人一人のその行い、行動というのは、とてもとても小さなものに思えたとしても、それでもとてもとても大きく変わりゆくものなのです。
    人々は自らを過小評価しすぎています。だからといって過大評価しすぎていても困ったものであるのですが、けれども本当に一つの動作、一つの言葉、一つの行動がとてつもなく大きな結果を招くという事をどうか理解していってください。それは何も大きな結果を招くからといって怯えて暮らせと言う事ではないのです。だからといって一つの事をすれば、とてもとても得を積み大きな物事に発展するだろうと何も胸を張れという事ではありません。けれども、その行動に対し本当に責任を持ち、そして一つ一つ繰り返していって欲しいのです。これは最善、善処を尽くしていって欲しいという事に他なりません。良き道、良き未来へ進み行く為に気づいた者がまず行い続け行く、それは気づいた者の定め、そして気づいた者だからこそ、行い続けゆかねば…いえ、行い続けゆかねばならないし、また行い続ける事に対しその者がその者一人一人が良き未来へと進み行く為の、その善処を残し行く事が定めでも、役目でもあり、そしてそう行わなければならない、心や意識・性質・精神にて行ってゆくものであります。
    けれども、その行いに対し気づいた者達、理解した者達、そして少しでも気にかかった者達、その者達は二番手に続き行く者として、その行動を繋げ続けてゆくという責任が生じゆきます。責任を負いたくないと言っている暇はないのです。大なり小なり、みな人間は責任を負って生きています。生まれてこの方、責任を負って生きていないという事はないのです。

    続き
    ↓↓↓

    多くの命達と共存しゆく、その対策を付けゆき、そしてその流れを作るという事。それはとても大切な事になるのです。人々はけして馬鹿ではありません。何も分別も何も区別もつかない者ではないのです。きちんと意識し、きちんと考え、きちんと行動しゆけば、それ相応の結果を生む事ができる人達です。
    そしてそれらは、きちんとした生きとし生ける者と共存し、というコンセプト・基本に立ち、そして進み行く事ができれば、きちんとその結果を生み出し、そして歩む事ができるものなのです。今はなぜそれができないのか…甘えているのかもしれません。誰かが何かをしてくれると、たかをくくっているのかもしれません。でも本当は一人一人がきちんと考えてゆかなければならない、一人一人この地上に生まれた責任をしっかりと果たして行かねばならない。誰もそれを肩代わりする事はできません。誰もそれをサボる事もできません。しっかりと果たしてゆく為に、人々は生きてゆかねばならないのです。放置する事も放棄する事もできません。
    命の、多くの命のある意味代表としてこの地上にある多くの命達を守り、そしてはぐくみ育ててゆく為の役目、役割を持ちし者として。
    人々は人々をはぐくみ育ててゆくだけではありません。この地球上にある多くの生きとし生ける者もはぐくみ育ててゆかねばならないのです。それが人間の定めであり、役目であり、役割であり、責任でもあります。それは生まれたからこそ…いえ、ある意味それはその責務を果たす為に…いえ、果たし行く為に選んで生まれてきています。
    多くの生きとし生ける者達と共に共存する事を願い、そして生まれてきているのです。だからどうかその役目・役割を放棄せずに働き続けてください。務め続けてください。
    この「務める」「働く」は人の言うところの社会のシステムや社会仕組み流れだけではありません。きちんとその地球上の一つの命として共に歩み行く同士と代表としての命として、どうか多くの命達と共に進みゆくための、その行動を行いを繋げ続けてください。
    生きとし生ける者達と共に歩み進み行く事を、けして見失わないでください。そしてそれは多くの命達が切に願い、そしていつも本当は人々と共に共存してゆく事を共に思い願い、そして古・過去にあったその共存した記憶を持っているからこそ、希望を託し、そして歩み続けようと今、努力をし、頑張り続けてくれているのです。その期待に裏切る事なく、どうか応え、進み続けて欲しいのです。けしてその応えは裏切ってはなりません。その期待は裏切ってはならないのです。どうかそれに応えてください。そして共に進み行く同士として、命として、どうか一つの未来を繋ぎ合わせ、作り続け、多くの生きとし生ける者達を守り続け、そしてそれはしいては、この星を守り続けゆく事に繋がり続け行く事をしっかりと理解し、わかり、思い出し、歩み続けて欲しいのです。生きとし生ける者達は、それを切に願い続けています。だからこそ生きとし生ける者の立場として人々へ語り続け、そしてそれを繋いで欲しいとシグナルを発信し続け、そしてどうかわかり続けて欲しいと願い続けているのです。生きとし生ける者達と共にどうか歩み続け行く事をけして見失う事なく、忘れる事なく、進み行く未来を共に続き続けてください。