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    比嘉りか氏が伝える「今の人間のために地球が守られ続け行くとでも思っているのか?」

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    8月17日(日)配信: fs宿曜無料占い
    動画引用元:3時の祈り合わせ(撮影20140811)
    8月11日大国ミロク大社の比嘉りか氏が動画(ustream.tv 祈りの和)にて、神の怒りともとれるメッセージを伝えている。その内容は、大切な何かを忘れてしまった現代を生きる人々への警告である。そして世界が、現状のまま進めば本当に取り返しのつかない事態へと進展し、自然界は助ける事ができないとも語っている。
    神人・比嘉良丸、りか夫妻は、これまでにも原発の汚染水問題や集団的自衛権行使容認、富士の噴火、地震など様々な警告を発してきた。
    地球を守っている神がどんな存在なのか定かではないが、無関心な現代社会に反省、修正しなければならない事を伝えている。
    自然界は常に人々へ気づきを与える為、様々な動きをしているという。ここ最近の気候変動を見れば、我々が今おかれている状況を少しは理解できるのではないだろうか。

    ↓内容は以下の通りです↓
    (※以下は、この動画の文章を100%引用しております。)

    今日もこちらのお宮の方からお祈りをさせて頂きます。宜しくお願い致します。
    でははじめさせて頂きます。

    今日の良きにこと開けて申し上げます。

    (※数十秒後…)え、すみません今日は、ちょっと伝えてきているものがありますので、その言葉を先にお伝えさせて頂きたいと思います。

    今の世をどう感じているのか?今の世の中を何と思っているのか?そなた達がどこに進み行こうとも…この星があり続けるとでも…どんな選択をしても…どんな結果を残しても…守られ続け行くとでも思っているのか?なぜそれがわからぬのか?

    わが宮を通し全ての者達を守ってきた。しかるにそれはずっと古からの事。けれども宮を通し、ただ守るだけでは。宮とは建物の事ではない。星という意味でもあり、大地という意味でもある。
    しかるにその宮を守ってきた。がしかし、それももう手に負えなくなってきている。
    共存するという事がなぜわからぬのか…
    共に生きるという事がなぜわからぬのか…
    人々は命と共にあるという事をなぜわからぬのか…
    命と共にあり続けているという事、いや…あり続けなければならぬという事もなぜわからぬのか…

    何をもってしても最優先で行わなければならぬのは、今この危機的状況に立たされているこの星をどうするのか?という事だ。
    人々はよい…今もなお生きている者達がおったとしても、せいぜい数年であろう。寿命があったとしても何十年というその年月だけこの地球に存在しておる。
    しかしながら卑しくも人々は命を繋ぎ代々と連綿と命の繋ぎを続けてきているではないか。

    今生きているお前たちが良くても、次の者達は一体どのような環境で生きていくというのだ。
    そして次の者達も、そしてその次の者達も…
    文明や文化は進化してゆくからと…自分達ではわからぬと手をあげて去っていくのか?
    自分でまいた種を…自分で作り出した様々な物も…尻も拭かずに出ていくのと同じである。

    次にきちんと残す為にも、生きていく環境を整えてやるのが、この世に生きている者達の役目役割ではないのか?

    今生きている者達が、先立って生きている者達が、その整えをきちんと行えなければ、次の者達は自分たちがなす事さえできない。
    前の者達が残して行った処理が先に入り、そしてそこから自分達の事をするには、一体どれだけの年月をかければ済むというのだ。

    やり残しがないように次の者達がきちんと生きやすい環境を作り、次の者達がさらに残し続け行く為の命達の事を考え、よき未来を作っていく、よき環境を作っていく事が大切な事ではないのか。
    今もなお人々は、一体どこをさまよっているのだ。きちんと今の現実を世の中を、そして進んでしまったが為に、起きてくるその災いと、その環境で生きて行かなければならないかもしれない命達の事を考える事ができているのか。
    自分の分けた命がどんな環境で生きていくのか?きちんと頭の中で考えているのか?

    全てのものが繋がっている。命という関わりをもって…命という関わりをもって、全てのものが繋がっている。
    それぞれが様々な命を自分の命の糧として生き続けている。これは次の者達も大きくは変わらない。次の者達もその次の者達も大きくは変わらない。
    どうしたらよいのか、今の者達が考えなければ、一体誰が次の者達の事を考えてやる事ができるのか?
    次の者達が前の者達の処理をしていては、自分達がやるべき事と次の者達に残し行く為のその環境を整える事すらもできないのではないのか?

    短い命の中…人は、自分が背負ったもの、自分のおかれている事、自分がやらなければならない事…人として、人間として、この地球に生きている命として、地球人として行わなければならぬ事が数多くあるではないか。
    一体戦によって何が生まれるのか?
    血で血を争い…憎しみ悲しみだけをこの大地に残す事だけは、もうやめて欲しいものである。

    因果を断ち切る事ができるのは、この窮地に立たされ、この窮地の環境において、生きている今の者達である。
    きちんと断ち切る事のできる平和の世を、安心して暮らしてゆけるよう作る事ができる、その環境を、その役割を、その使命を、持って生まれた者達が現代に息づいているはずである。
    きちんと、わすれずにいて欲しい、人としての心を…人間としての地球においてのその役割を…その存在を…命達と共に進み行く事を忘れないでいて欲しい。

    ————–
    管理者コメント※比嘉夫妻は多くの動画の中で、世界は刻々と第三次世界大戦に向かっている事を伝えている。現安部政権の動きを見ていくと日本版NSCの設立、戦争で使用される武器の輸出も開始。また集団的自衛権の行使容認を進めている。ここで問題なのは戦争で使用される武器の輸出を開始した事にある。日本で組み立てられた次世代戦闘機F-35を、武器輸出三原則で禁じられている紛争当事国であるイスラエルに輸出できるようにしようとする動きが進められている。
    集団的自衛権の行使容認は本当に自衛の為なのかと…疑問に感じる人も多いだろう。
    またこれらの日本の行動は、様々な国に刺激を与える形となっており、平和を唱え続けた先進国日本の立ち位置次第で今後の世界情勢は大きく変わっていく事を多くの預言者、神人が語っている事も事実である。

    今、政局を動かしている政治家らは、戦争へ行った事もなければ今後戦争が起きたとしても戦地へ行く事もない。あくまでも戦うのは若い男女である。
    世論は国の動きに大きく同調します。第二次世界大戦前の日本国内では多くの国民が戦争モードであり、戦争を知る85歳以上の高齢者は、今の日本の現状を戦前の雰囲気と似た状況を感じているという。それがどういう事なのかは、概ね理解できるだろう。
    今、何ができるのか?何をしなければならないのか?
    危機的な状況になってから騒いでも一度舵を切った船を元に戻す事は難しい事を、今理解しなければならない。

    愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。

    歴史は必ず繰り返すと言うが本当にそうだろうか…フグの血に毒があるにも関わらず、それを体に入れる者はいないだろう。

    第二次世界大戦で日本、世界は何を学んだのか。

    6 件の投稿

    1. / せんちねる
      ★半鐘さん 本質とは、人間は種としての『動物』だと言うこと。地球に誕生した他の生物と同じ生き物だと言うこと。特別な存在では無いと言う事←これが本質です。 神様は居ません。←これが現実です。 もし神が居るとするならば、宇宙であり大自然の営みこそ絶対の神だとおもいます。 アメーバーと人間の区別すらつか無い、無慈悲ですが偉大な『何か』だとおもいます。 人間が滅亡しても気づきもしない、それこそが『神』だとおもいますね。 各種宗教の言う処の『神』とは、人間の作り出した『人間の自分たちに都合の良いエセ神様』だと思っています。 すべては『人間は特別である』という間違った理想論から作り出してしまった『たわごと』で『怪物』です。持論ですが。 戦争ですが、まさにそれと同じで、『善』『悪』という、戦勝国の大義=『善』 として綴られたのが『歴史』そのものだと思います。 戦争に善悪などありませんし、主義思想なんてものも、『ニセ神様』なわけで、 共産主義だろうが資本主義だろうが、古今東西いろんな主義がありますが、 結局同じピラミット構造の社会システムを作り出すという意味で。極右と極左ぐらい本質的に同じものだと思います。 たとえば南のサル山のサルの群れと、北のサル山のサルは、互いに違う群れで、 それぞれに固有の社会性あったとしても、『結局サル山のサル』でしかないのと同じだということです。僕らには違いはわからない。 人類だって特別の存在では無いわけで、『滅亡』する時は『無慈悲に滅亡』すると思います、いつかは、必ず。 地球という名のペトリ皿は、今の人類には、そろそろ狭すぎる、資源も。 各国が話し合い、協力し少ない資源、環境を分け合いながら自滅するか、 戦争が起きて自滅するか・・・・このまま行けばどちらかです。 科学が進歩して、火星とか別のペトリ皿へ、宇宙進出しか究極的に解決策はありません。 残念ながらんSFみたいな解決方法しか無いのが現実です。 そんな未来が可能になるまで、 生物学的に科学的に倫理的に考えダマシダマシ衰退しながら歩むしかないと言うことです。 それが、現実で本質です。
    2. / 半鐘
      せんちねる様へ 倫理的に・・・と最後にお書きなさってますが、戦争回避の倫理的方法とはなんでしょうか? あなたの言うように、命を奪い『頂く』行為は即ち、殺すことです。 動物全てがそれをしないと死んでしまいます・・・悲しいのですが。 それを回避する方法を、せんちねる様は生物学的、科学的、倫理的と仰っていましたが、私にはわかりません。 『和』を望む人間が居ても、己が利益のために人を国を潰し私服を肥やす者が多すぎる現在だと思います。お金が全てと思う資本主義が行き過ぎた現在、こうしてあなたと話せることも資本主義の恩恵の一部ですが、世の中の幸不幸が『お金で決まる現在』に私は疑問を感じます。 最後にお尋ねしたいのですが、せんちねる様の仰る『現実世界の本質』とはなんでしょうか? 理想論を語る人が居なくなれば益々、殺伐として変化の無い硬直した世の中にはなりませんでしょうか? 私は、何度か死んだ身ですのであまり未練はありませんケド、命ある以上最後まで一生懸命生かせて頂こうと思いますが、せんちねる様は仮に戦争に陥ったとき、戦場に借り出されたときどうお考えでしょうか? 数秒前まで笑っていた隣人がバラバラに吹き飛ぶ、家庭がある敵の命を奪う・・・己の命も全く保障されず、隣の骸と同じになりうる、食べるものが無く餓える、どんな人間でも狂う、それが私の学んだ戦争です。 人の数が減るとかそういった問題ではなくて、その数に自分が入るとき・・・自分の死が犬の糞ほどに扱われるのが戦争だと私は考えております。 だからせんちねる様から言わせると『理想論者』なのかもしれません。
    3. / せんちねる
      半鐘さんへ >>日本の縄文文化に争いはあっただろうか? ヨーロッパだろうがアジアだろうがアフリカだろうが中東だろうが、個々の土地のキャパが隣接せず広ければ文明初期はどこでも牧歌的なのは当たり前。 ペトリ皿にキャパ(余裕)があると時はアメーバだって争いはしないし、 固体の絶対数と環境の広さで言うならば、サルも去る同士、ライオン同士もも争いしない。 >>半鐘さん 現実世界の本質を見ないと『戦争』を語るなんて無理だと思いますね。 理想論じゃ現実に対応できない事を学んでください。
    4. / 半鐘
      私も憤っております。 戦いは、日々己の無力さと戦う・・・のは分かります。 戦争礼賛を唱える人にお聞きしたいのだが、戦場を経験したことはあるのか?或いは良く学んだことはあるのか?自分が矢玉飛び交う修羅の戦場に行く覚悟なのかと問いたい。 全てに命は宿るもの・・・人間を含めて動物は『殺生をしなければ生きていけない』悲しい生き物です。生きる以上に命を頂く必要があるのか?自分が生きている『当たり前』は、人々や生き物の辛苦の上に成り立っている事を日々忘れずに生きて欲しいと私も考える。 争いは生物の本質みたいなことを言われている方もいらっしゃるが、日本の縄文文化に争いはあっただろうか?彼らは自然と共に生きていた。今、この瞬間の生も当たり前ではない。偶然の産物であり、万物の恵みと犠牲の上での命であると私は考える。 故に、今ものすごく憤っている。
    5. / キャピタン
      りかさんは、いい声していますね。今不安な社会だから言うけどネット占いサイト(中国系)の人がやっている所に、詐欺みたいなサイトがあるから。気お付けてと、金子勇君は言っていたよ。
    6. / せんちねる
      本質をわかっていない。 歴史から学ぶ←こんな偽善的な妄想を抱いているから戦争は無くならないし、戦争が何故起こるかという『本質』さえ見失う。 殺し合い奪い合うというのは、『生命、あらゆる生物備わっている本能』だと言うこと。戦争とて同じ。本能であり本質です。人間も生物だと言うことを忘れてはいけませんね。 アメーバですら寄り集まり群態をつくりコロニーを形成しますよね。一つの国といってもいい。 同じアメーバの群態どうし同じペトリ皿に入れてみれば『戦争が始まる』 サルでもライオン、アリでも蛇でも群れ同士殺し合いが始まります。 『同じ生物どうしで殺しあうのは人間だけ』というホラ話しがありますが、サルはボスを含めたオスザルを、ライオンは雄ライオンと子ライオンを皆殺しにします。 人間で言えば、地域という大きさのペトリ皿から、地球という大きさのペトリ皿で、争いが始まるのは、本能であり、本質だということを、理解して、 どうすけば、回避できるのかを、生物学的に科学的に倫理的に考えなければならないと思います。 そこに『オカルト』は必要ないとおもいますね。

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