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    現代人の間違い…沖縄の神人(カミンチュ)比嘉夫妻が神から人々への説教を伝える


    14年2月25日(火)配信: fs宿曜無料占い
    動画引用元:祈りの和 こころのかけはし(撮影2014年2月20日)
    沖縄の神人(カミンチュ)比嘉良丸氏の妻である比嘉里佳氏(ひが りか)が神事の伝え役となり、神から現代を生きる人々への説教を解いている。その内容は胸に突き刺さるものもあり、現代人の何が間違っているのかをこと細かく説明している。この内容を一言でまとめるとすれば、「無責任」であると感じた。そして日本の原点は奈良であるとも語っている。そしてなぜ奈良なのか?全ての疑問に答えてくれる内容だ。この動画では「共存」という言葉が多く出てくるが、動植物をないがしろに生きている現代人への警告かもしれない。彼ら動植物は人間との共存を望んでいると比嘉夫妻は伝えている。

    (※この動画は、二本あり合計約1時間10分ほどの長い動画となっている為、重要な文章をのみを引用しております。)
    全文を見たい方はこちら → 「全文」現代人の間違い…沖縄の神人(カミンチュ)比嘉夫妻が神から人々への説教を伝える


    4分35秒頃から

    比嘉里佳氏(ひが りか)
    → 今日の良き日にこと明けて申し上げます。奈良の地にて教えて頂きたい事がございます。この地において、この場所において、なぜ事のはじまり、国のはじまり、なぜここ(※奈良)より調和・和合、合わさりしことなり、ここ(※奈良)から発信されゆく事になったのか。なぜここがその場所として選ばれたのか。なぜここにしようと思ったのか。その経緯を教えて頂きますようお願い申し上げます。

    写真:奈良市観光協会
    K29M00300-IMG0018なぜここから先、進み行こうとしたのか、なぜならばここは他の場所よりも平和であった。安心して暮らしてゆける、居住できる場所であった、という事も他ならぬ理由の一つでもある。周りの外的、周りの者達と豊かなるこの自然の中において、共存する事ができる場所であった。なぜならば、その昔、古よりこの場所は、なかなかにして温暖な場所であり、暖かなものであった。さしづめそれは、豊かなる心、落ち着き、そして平和を取り戻す心があり、穏やかなる流れの中において、安心して暮らしていける事ができるものであった。なぜならばそれは、多くの人、多くの人種は物や食料を困った時に、村や人を殺しゆき、そして征服し自らの私腹を肥やそうという形にて、広げて行こうとしていた。しかしながら、この場所(※奈良)においては、海の幸も山の幸も風味豊かなものがあり、そしてその者達すべてに分け与えても、まだまだそれでも自らたちの事を、自ら達の命をまかなうだけの、それだけの豊かな場所であったのである。それは稲作が豊かであるとか、そういった事ではない。本当に海に出れば海の幸がきちんと巡り行き、そして巡り来たものを食する事もできる。そしてまた山のいただきに上がりゆけば、山もその豊富な食物、食料を分け与え、そしてそれだけに人々は海も山のどちらの幸もしっかりと栄養を取り戻す事ができ、そして成長しゆく事ができたのである。心豊かに安心して暮らしていける場、ところがここであったのだ。
    だからこそ人々はここに、外的がもし来たとしても、それでもその食料を、豊富な食料を分け行く事ができる。共存する事ができると考えたのである。そう、ここに来た者達は、戦・争いに疲れ果て、そしてなぜ共に共存する事ができないのか…という事を考え溢れた者達が多く募ったのである。そうここに来た者達は、平和主義、平和を求め、そして戦・争いに転じることなく皆で協力し合いながら進みゆく事が叶うものであると思った者達がつどい行く事となったのである。
    だからこそ人々に対し、他者の者に対し、分け譲る事、そしてそれをまた分配する事、共に共存し助け合うという心が芽生えたのである。しかしながらそれが裏目に出た事も致し方なき事であったのである。そう…それだからこそ混ぜに混ぜ、共に歩み行こうとする心があったからこそ、上から物を押され、押し込められ、わからない者達に進めさせられ、そして見えなくなってしまった。

    10分頃

    今においては、この現代においては、共存という言葉があって無いようなものである。皆忘れ去られた、その土地の意味や、また忘れ去られたその土地の深き深き慈しみや優しさすらも忘れてしまっている者も数多くあるのである。しかしながらそこ(※奈良)は本当に共に共存する場所であった。ここが海から遠いという事や山々に囲まれているという事、そういった事でない。
    昔はこのような状況ではなかった。そしてまた少し遠い昔には、そこからまだ海へと歩み、走り進み行く事も叶うぐらいの立地であったのだ。けれどもそれももう今や昔、ほんの少し前の事であるのだが、人々にとっては今や昔である。そのような風景さえもわからず、またそのような状況さえもわからない事になってきている。けれどもこの場所というのは、本当に海、山、陸、そしてすべての者達が共存しゆくにあたり、とても大切なら場所であったのである。そして人々は共に共存しゆくために、分かち合い、そして協力し合い、そして支え合う事ができた。
    そのような形のここは、本当に全ての自然が揃い、そしてその自然がそろっているからこそ、人々に心の豊かさ、そして心の安らぎと心のゆとりを与える場所でもあったのである。だからこそ今日ここに構え、そしてここから皆共に歩み進み行く、その心豊かなる、その波を、その和を、広げてゆこうとした確固たる確かなる力強き場所なのであった。

    比嘉良丸氏の質問
    → そこに古来の宗教と、今の日本の国の宗教との関わりを教えて頂けますか?

    13分頃

    そんなだからこそ、そのように全ての多くの者達と共に共存し、分け与え行き、そして共に進み行き、支え行こうとするこの土地柄であったからこそ、様々なる物(者)が入って来ても、それに順応にそしてそれが混ざり合う事ができたのである。けれどもそれは沖縄という地とまた似ており、そしてその歴史も沖縄という地とまた似ているのである。
    力・権力を持った者は、そのような状況を弱き者と見なし、そしてそれを上から抑え、そしてそれらが発展しないように自ら達の力・権力において、そして抑え行こう混ぜ行こうとする力も働きゆくのである。けれどもそれに対して、またやはり別な者達が来たとしても、その根底・根本にある混ぜ行く、共に歩みゆく共存しようという力が働き、後から来た者もまた、やはり混ぜこぜになり、そしてそこ独自の発展、発達を遂げ行きながら違った形、本来とはまた別な形において、そこを共有し、受容し、組み取り、それらすべても一つとし、よき未来へと歩進み行こうとしていくのである。けれどもそのような場所は、なかなかにて発展・発達する事が難しく、また忘れ去られてしまう事も多々あるものである。

    15分頃

    けれどもそれらもまた、このような土地(※奈良)であったからこそ、多くの者達が集う事もでき、多くの者達が共に協力し合う事もできたのである。がしかし、その性質その特質というのは、その者その者、もしその者、入って来た者、権力がある者、知恵ある者、力ある者が、共に協力し合う事が平和をもたらすものである。そして皆と共に歩み行こうとする力、そのような思考、考えのある者が降り立った時、入って来た時、その者が一番に、トップに、そして統治する者として力を発揮するのであるならば、この国は全体的に全ての者達、戦・争いに転じる事なく、共に協力し合い進み行く事が叶うものであったであろう。その発祥の地となったはずである。
    けれども権力者として君臨し、そしてすべての者を配下とし、また自らの一国、ひとつの国とし、そして他の国々おも従え行く、そういった権力志向の者が入って来た時には、この全てを混ぜる、全てと共に歩み行く、協力しゆくという性質・特質は、逆転の力となってくるのである。
    それはなぜなら、協力し合う、共に進み行くというのは、その配下に置かれる。そしてその一国の統治において、支配下に置かれるという力に変わりゆくからである。共に共存し行くという力から配下に抑え込まれる、抑えられる、そして配下として別な国々おも支配下においていくという力になるのだ。このような形でその特質・性質というものは、その上に立った者・力を持った者・配下にしよう、統治しようとした者の考え、その性質によって大きく変わりゆくのである。

    40分頃から
    比嘉良丸氏の質問
    → 大和の時代という名前の意味と、やまとの字は「大和」なのか、それとも「倭」なのか教えてください。

    大和という言葉は、それは今も昔、とても大切な場所という意味でもあった。そしてそれは多くの者達が共に助け合い、上も下もまとめゆく者があれど、それでも皆共に共存し、進み行く者。それらの土地の者達を大和の者。皆と共にある者。そのような意味にて使われていたのである。もちろんその後、漢字というものが入り、そしてそこから当て字として付けられたものである。昔は音があり聞いていたものであった。けれどもそれもまた今は昔の話である。そして多くの者達は、その「大和」という言葉自体、事自体を不確かなるものとして、わからぬまま来ている事ともなっている。多くの者達が本当に、共に共存し、平定しながら進み来た。そして共に進みきながら海のもの、山のもの、陸のもの、そしてその者達が共存しながら進んでいた流れの中において、知恵者ある者、知恵の者、空から来た者、陸から来た者、海から来た者、そしてその者達とも共に共存し生きてきた。

    47分頃から(※祈り合わせ)
    比嘉里佳氏(ひが りか)
    → 伝えてくださってます、言葉を伝えさせていただきます。

    見える未来も、見えない未来も人々が不安におののけば、そのどちらもやはり不安へと傾き行きます。けれどもだからといって楽観的に考えていては、今のまま進みゆく事、そして今のままなんら変わらず進み行く事にもなりかねません。調和とバランスとはどこにあるのか。それは偏る事なく、きちんと向かい合った者に対し対策、最善と尽くし行き、そして改善しゆく者に対しては怯えることなく、震えることなく改善しゆく事。そして良き者に対しては、さらなる良き方向へと進み行くようにと最善の対処を尽くし行く事。そう、そのどちらも大切なものになりゆくのです。なぜならばそれは、ただただ流れるまま、時のままに過ごしゆくのではなく、自らきちんと考え、そしてその未来に対し、歩みゆく、その行動を続けてゆくからであります。そしてその行動するという事、善処しゆくという事は、とても大切なる事になりゆくのです。なぜならばそれは人々にとって、人々に対して、それは行いゆかねばならない役割、役目、果たしゆく行いの一つであるからです。
    人々は何もなく、そして何も行いゆく事がなければ、何もする事がなければ怠惰のまま、そしてその時を貪りゆく事ともなりかねません。しかしながら人々は、この世、この中において、生きとし生ける者達と共に歩み続けているのです。そしてそれは多くの者の命、多くの生きとし生ける者の命を背負っている。その責任・役目・役割があります。
    人々は自らの命だけではなく、共に今この地上にある多くの生きとし生ける者達の命を預かり、そしてその命達も育てゆく、その役目・役割・責任があるのです。この責任を果たし行く為に、人々は何もしないという怠惰の中に生きてゆく事はできません。そしてその怠惰の中に生きてゆく事ができないからこそ、いえ、命の責任を背負っているからこそ、人々はきちんと善処し、そして進み行かねばならないのです。日々をきちんと生き行かねばならぬし、また多くの命の事を考え、そして対策をしゆかねばならないのです。
    けれども、この忙しき時の中、人々は自らのその生き行くだけで精一杯であり、そして多くの命の事を考える事もまた、難しき時を生きています。けれども、その年月の流れの中において今しばらく、少しだけでも、今、この瞬間だけでも多くの命達の事を考え、そして何ができるかもまた、考えあぐねて欲しいのです。それは花に水をやるという事でも構わぬし、そして共に生きている命達に対し、その生きてゆく術、生きてゆく為の食べ物、食物を与えるという事でも構わないのです。
    そしてどうかそれを、今、この瞬間考え、そして帰った時にどうか一つその事を行ってください。そしてそれは今日だけではなく、できたら明日、いえ3日、4日置きにでも少しでも続け行く事をどうか願ってやまないのです。人々は、その行動する事、行いゆく事にどれほどの大きな事があるのかわからずにいます。けれども本当にその人々の一人一人のその行い、行動というのは、とてもとても小さなものに思えたとしても、それでもとてもとても大きく変わりゆくものなのです。
    人々は自らを過小評価しすぎています。だからといって過大評価しすぎていても困ったものであるのですが、けれども本当に一つの動作、一つの言葉、一つの行動がとてつもなく大きな結果を招くという事をどうか理解していってください。それは何も大きな結果を招くからといって怯えて暮らせと言う事ではないのです。だからといって一つの事をすれば、とてもとても得を積み大きな物事に発展するだろうと何も胸を張れという事ではありません。けれども、その行動に対し本当に責任を持ち、そして一つ一つ繰り返していって欲しいのです。これは最善、善処を尽くしていって欲しいという事に他なりません。良き道、良き未来へ進み行く為に気づいた者がまず行い続け行く、それは気づいた者の定め、そして気づいた者だからこそ、行い続けゆかねば…いえ、行い続けゆかねばならないし、また行い続ける事に対しその者がその者一人一人が良き未来へと進み行く為の、その善処を残し行く事が定めでも、役目でもあり、そしてそう行わなければならない、心や意識・性質・精神にて行ってゆくものであります。
    けれども、その行いに対し気づいた者達、理解した者達、そして少しでも気にかかった者達、その者達は二番手に続き行く者として、その行動を繋げ続けてゆくという責任が生じゆきます。責任を負いたくないと言っている暇はないのです。大なり小なり、みな人間は責任を負って生きています。生まれてこの方、責任を負って生きていないという事はないのです。

    続き
    ↓↓↓

    多くの命達と共存しゆく、その対策を付けゆき、そしてその流れを作るという事。それはとても大切な事になるのです。人々はけして馬鹿ではありません。何も分別も何も区別もつかない者ではないのです。きちんと意識し、きちんと考え、きちんと行動しゆけば、それ相応の結果を生む事ができる人達です。
    そしてそれらは、きちんとした生きとし生ける者と共存し、というコンセプト・基本に立ち、そして進み行く事ができれば、きちんとその結果を生み出し、そして歩む事ができるものなのです。今はなぜそれができないのか…甘えているのかもしれません。誰かが何かをしてくれると、たかをくくっているのかもしれません。でも本当は一人一人がきちんと考えてゆかなければならない、一人一人この地上に生まれた責任をしっかりと果たして行かねばならない。誰もそれを肩代わりする事はできません。誰もそれをサボる事もできません。しっかりと果たしてゆく為に、人々は生きてゆかねばならないのです。放置する事も放棄する事もできません。
    命の、多くの命のある意味代表としてこの地上にある多くの命達を守り、そしてはぐくみ育ててゆく為の役目、役割を持ちし者として。
    人々は人々をはぐくみ育ててゆくだけではありません。この地球上にある多くの生きとし生ける者もはぐくみ育ててゆかねばならないのです。それが人間の定めであり、役目であり、役割であり、責任でもあります。それは生まれたからこそ…いえ、ある意味それはその責務を果たす為に…いえ、果たし行く為に選んで生まれてきています。
    多くの生きとし生ける者達と共に共存する事を願い、そして生まれてきているのです。だからどうかその役目・役割を放棄せずに働き続けてください。務め続けてください。
    この「務める」「働く」は人の言うところの社会のシステムや社会仕組み流れだけではありません。きちんとその地球上の一つの命として共に歩み行く同士と代表としての命として、どうか多くの命達と共に進みゆくための、その行動を行いを繋げ続けてください。
    生きとし生ける者達と共に歩み進み行く事を、けして見失わないでください。そしてそれは多くの命達が切に願い、そしていつも本当は人々と共に共存してゆく事を共に思い願い、そして古・過去にあったその共存した記憶を持っているからこそ、希望を託し、そして歩み続けようと今、努力をし、頑張り続けてくれているのです。その期待に裏切る事なく、どうか応え、進み続けて欲しいのです。けしてその応えは裏切ってはなりません。その期待は裏切ってはならないのです。どうかそれに応えてください。そして共に進み行く同士として、命として、どうか一つの未来を繋ぎ合わせ、作り続け、多くの生きとし生ける者達を守り続け、そしてそれはしいては、この星を守り続けゆく事に繋がり続け行く事をしっかりと理解し、わかり、思い出し、歩み続けて欲しいのです。生きとし生ける者達は、それを切に願い続けています。だからこそ生きとし生ける者の立場として人々へ語り続け、そしてそれを繋いで欲しいとシグナルを発信し続け、そしてどうかわかり続けて欲しいと願い続けているのです。生きとし生ける者達と共にどうか歩み続け行く事をけして見失う事なく、忘れる事なく、進み行く未来を共に続き続けてください。

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